飯田茂実 + 東風メンバーを中心に 震災体験を作品化した

ドキュメンタリー ダンス シアター 『春風のなか、ちいさな街』は

2011年7月に宮城・青森・山形・秋田の東北4県で上演され

大きな反響を呼びました。

この公演でよせていただいた お客さまの感想を掲載します。


今まで生きてきて、ここで、こんな素晴らしい舞台に出会えたことに感謝します。

お世辞でも、誇張でもありません。皆さんの感性、協調、収斂、バランス感覚すぐれた表現、

すべてが一体となって創り出された舞台は、今まで世界のどこにもなかった、

ただひとつの宝物です。「世界の」多くの人に、この感動を 共有してほしいです。

もきっと、この瞬間に、この体験をできたことが何より貴重なんでしょうね。

ホントにありがとう。


とても気持の良い空間で、今、自分の中にあったものが、やわらかくなりました。

もっとこの空間にいたいと感じました。初めての感覚だったので、

どんな風に表現していいのか分からないのですが、

この舞台が自分の中に欲しいと感じました。


感性に響いてくるというか、自分が観ている側にいるはずなのに、

そこにいるように感じているっていう感じです。

溢れ出る何かの、せき止まらず、出続ける何かの、そのままに表れているような。

なんかもう涙が止まらないです。すごい、生きてるなって感じました。


言葉で言えない何かを感じて泣きそうになりました。

悲しみに寄りそってくれるような、そんな感じがしました。


うまく言葉にできないのですが、元気に生きようと思いました。

誰かに言って欲しかった言葉を言って もらえた気がします。

来てよかったです。本当にです。


スタンディング・オーベーションしようかと思った。

ひとりひとりが“人間”あるいは“何か”として そこに存在しつつも、

それが確かに“社会性”を持っていた。

その証明として、お客の反応がダンチガイに良かった。

単純にユーモアがあったということではなくて、

舞台が社会的な世界として成り立ち、 客席をも取り込み、

同化させていたことの証であったと思う。すばらしい。


と〜っても重くて、苦しくて、いいです。

途中、戦時中のものを観てるのかなというくらい、

(ぼくたちの世代はまず持ち合せていないだろう)

「重い、苦しい」身体がリアリティを持っていた。

いまのこの時期は、暗さでつっぱしってください。 いまは暗さがいやしです。


どんなパフォーマンスか?  みごとにかわされた。 涙が出た。

何で? こんなに考えて生きて来なかったから。これからの世の中も大丈夫だ。

未来をまかせられる人々がいることがわかったから。


今まで見たことのない独特な世界に圧倒されっぱなしでした。


現実と過去と未来と、様々な時間を感じることができました。

皆さんの前向きなところや、信じる力や、共感する心などなど、

作品をとおして伝わってきました。 力をもらって帰ることができます。


すべての心が救われる様な舞台でした。

人がいやされるということ。 積み重ねた日々が大切であること。

舞台を見ながら、日々のつらさや忙しさを忘れることができました。


静かで、とてもさびしいような、温かいような気持になりました。

うまく文章にできませんが、とても引き込まれてしまいました。

次もがんばって下さい。


人間の心の奥底を感じました。底の底という感じです。でも「光」も感じました。

底ゆえに、上には光があるだけなんだよ、というメッセージのように感じました。


最後の方は涙がとまらなくなった。心が洗われた感じでさっぱりしました。

これからも多くの人の心をつかんで下さい。


自分は今とても苦しい状況にあります。心が辛いときも とても多いです。

そんな心情と重なるところも あって言葉では言い表せないくらい胸にくるものがありました。

最後まで観て救われたように感じることができました。

今回のものが 今後どのように自分に関わってくるかわからないのですが

何か自分に影響するものだろうと思いました。


心動かされました。人間の思いを信じてる皆様だと思い、胸が熱くなりました。あ

りがとうございました。天災だけでなく人災もなお続いている状況ですが、今日この

舞台を見れてよかったです。


人の表現、本能というものは、はかりしれないと思いました。

このようなものは初めて見ましたが、心から感動しました。 ありがとうございました。


なぜか涙が流れたり、思わず笑ったり、すばらしい時間を感じました。

これからも、もっと、感激する時をもってみたいと思いました。


すごかったです。 そうとしか……。 伝わってくるもの、

こみあげてくるものがありましたが、それが何なのか、わかりません。

これからも期待しています。


すごくひらけたイメージ、やわらかい感じで入ってきました。

すんなり入ってきた。 ぞわっとした。 なぜか涙が。 ダンスだと思ってきたからびっくり。

新しい感じ。 人間ってイヤーでも生きる。 大丈夫。


自分でもよく分かりませんが、とても涙がでてきて止まりませんでした。

大震災については外側からしか見ていませんでした。

だけれど今日の『春風……』を見て、頭で客観的に言語的に整理理解せずに、

勝手に涙が出てきました。 きっと大切な人を亡くした人のとらえ方は

「東北大震災」というカテゴリー、あるいは歴史の教科書に表記されるような言葉じゃなくて、

表象、心象なのかもしれない。 内面からの悲しみの理解が、共有が、

役者(もちろん音楽や照明も、観客の息も)を通してここに実現したのかもしれないです。

役柄の名前もないし、ストーリー展開もかっちりと決まっていない。

だから、その表面的に受け取る要素は排除されていて、

逆に、心、気持をそのまま露出したような、もう言葉もいらない、

内面そのものという感じを受けました。


「感じる」っていうよりは「共有する」って感じなのかなと思った。

コンテンポラリーってこんな感じなのもあったんだな……というか、

これが本来の姿なんだろうなと思わされた。 めっさ泣いた。 よかった。

人が立ち直るには人がいなくちゃダメなんだなー。 感動しました!


命の光をみることができたような気がします。自分より若いみなさん、

もしくは同じくらいの方々の思いが、こんなにも深くしなやかに、

でも悲しく冷静なんだなーと感心して、私もすごく不安なんですが、

一緒に生きていくんだなーと思いました。     


ありがとうございました。若さとエネルギーには圧倒されました。

なぜか、余り泣く事はないのですが、涙がポロポロ流れてきました。


一個の身体の直接性が、そしてその重心が、全世界と対峙し得ていた

土方巽・大野一雄たちが生きていた時代とは異質の現在をみる思いがした。

ピュアな意味で。 私にとって、良いか悪いかは別だが、舞踏と発話は矛盾する。

しかし、そのような舞踏の状況は、発語へとかりたてるほど切迫しているのだろうと思う。

久しぶりに「意味」の海をめいっぱい泳がせていただきました。ありがとうございました。      


私にとってこんなにも独特で奇抜な舞台は初めてです。

明るくなったかと思うと悲しくなったりして本当に何が起こるか分からなかったです。

でも舞台公演を見て泣いたのは これが生まれて初めてです。

ちょうど辛いことが重なっていて、もう嫌で嫌でたまらなかった時だったので、

すごく希望をもらえました。たくさんの感動をありがとうございました。

本当に良かったです。